沈んで来た所が丁度、海の底だった。
誰かを呼ぶように泣く子供の泣き声が、まず耳に届く。
次に、足元で秒針を刻む、昔からある時計が目に付いた。
静寂が仁王立ちをし、暗雲の向こうから泣き声は聞こえる。
まるで四方を壁に囲まれているように、息苦しい。
よく目を凝らすと、目の前に色を失った本棚がある。
誰かを待ちくたびれて、そのまま時が流れて行ったような本棚。
そこから一冊、文庫本を手に取ってみる。
暗く、題名が読みづらかったが、そこには「a」と書かれていた。
トイ・ストーリーに出てくるバズ・ライトイヤーは、「無限の彼方へ、さぁ行くぞ」と言い残して、飛び立った。
なにも「無限」を目指そうとは思っていない、けれど淡く光る蛍のようなものを追いかけて、走り出す。
天使が降りてきたのか、または翼の生えた人なのか。
求めれば存在するのか、求めなければ存在しないのか。
まどろむほど甘く、息を飲むほど喉が渇く、紅い林檎。
ぼんやりとかつて無限の彼方へ旅立った、少女を思い出す。
別れの時、僕の目を見ていたことを思い出す。
彼女の口から言葉が出ることはない、釣り糸はまだ、伸びている。
餌を咥えた魚のように、糸を引きちぎってしまいそうな勢いで。
その時、僕は始めて、確かに気付く。
自分にとって、大切なものだと。
或いは、僕が魚なのかも知れない。
そして僕の心の海から、また違う海へと渡り歩く。