鍵のない図書館

好きな食べ物はバナナのパウンドケーキ

反対の人間

 見覚えのある背中を追うようにして、慌てて煙草を消し、店内へ入る。

商品棚の間から顔を覗かせるも、それらしい姿はどこにも見当たらない。

諦めて缶麦酒をレジへ持って行こうとしたその時、その背中は店内を出る所だった。

 

「待て」と車に乗る所へ、声を掛ける。

 

僕は煙草を吸っていた、見覚えのある背中が店内へ入るのを見て、慌てて後を追う。

店内へ入ると深夜だからか、奥の方から遅れて挨拶が聞こえる。

姿が見当たらないので諦めようとしたその時、その背中は店内を出る所だった。

 

店員の挨拶が、遅れて聞こえる。

 

駐車場へ車を停止させた所だった、車内に効かせている冷房が一段と強くなる。

晩ご飯を買い早く寝ようと思い、顔を上げたその時、喫煙所にその背中がある。

見覚えのある背中がこちらへ背を向けて、煙草をふかしている。

 

火種を焦ったように消す音だけが、嫌に聞こえた。

 

じめついた汗を額に感じながら店内へ入る、店員の挨拶が遅れて聞こえる。

やはり店内には誰もいない、浅く深呼吸をして心を落ち着かせる。

缶麦酒をレジへ持って行くも、中々店員が出てこない、何故か鼓動が早くなる。

 

「すいません.....。」弱々しく数回、呼びかける。

出て来たのはこちらに背を向けたまま歩いてくる、その背中だった。

僕の体中が危険を察知し、駆け出そうとするも、足が震えていた。

 

背を向けたままレジを打つ、その顔は決してこちらを向かない。

喉の詰まりを必死に堪え、震える手で会計を済ませる。

足早に出ようとしたその時、背後からなにか言葉が聞こえた気がした。

 

体を動かそうとするも動かない、そしてこの世の者ではない、異常な気配を感じる。

少しずつ、背後から近付いて来るその声の主、聞き取れない言葉を発している。

店内の底を静けさが埋め尽くし、僕の足下に黒い影が伸びて来た時。

 

「こんばんわ。」

 

確かに、はっきりとそう聞こえた。

 

「.....お客さん?」その言葉で僕は覚める、店員がいぶかしそうにこちらを見ている。

缶麦酒と簡単な夜食を買う所だった、店内は明るく、どこかの局の放送が流れている。

「大丈夫ですか?」青ざめた顔の僕を見て、心配そうに聞く若い女性の店員。

 

「大丈夫です。」

 

そそくさと会計を済ませ、後ろに並んでいた人へ小さく謝罪をする。

店を出た後に振り向くと、店員が次の客の会計をしている所だった。

車に乗り込むと、僕は自分が落ち着いてくのが分かった。

 

少し遠回りにはなるが、わざと大通りを走らせる。

目に入る灯火が、僕の影を照らして行く。

一体なにを見ていたのか、或いは見せられていたのか。

 

ナビに表示される時刻を確認すると、既に0時を大きく過ぎていた。

暫く車を走らせた後に、僕はようやく帰路に付いた。

駐車場に車を停め、車内の冷房を切る、既に夜風が冷たく感じる。

 

駐車場を照らす街灯が点滅している、そこに円を描くように蛾が集まっている。

嫌な気分を思い出しながら、築数十年は経つであろうアパートの階段を登る。

隣人はみな眠ったのだろうか、窓から零れる明かりはない。

 

階段を登り切ると、僕の部屋の前に誰かが立っている。

 

見覚えのある背中が、微動だにせず立っていた。

 

誰かが階段から登って来る、月明かりに照らされたその顔は、青白い顔をしていた。

 

 

 

終わり。