夜更けにも関わらず、誰かが音楽会を開こうとしている、そんな気がした。
そよ風に乗せられて、運ばれて来た夜の香りは、寝室を客席へと一変させる。
寝苦しいとは思わなかった、ただ昔からある扇風機の音だけが、僕の耳へ届いた。
まるで夏祭りの後、そこで流した土と埃を含む汗を、ラムネですぅと流すような
飲み続けるに連れて、コップの底に溶けきれずに残っていた、蜂蜜の香りのような
そんな夏の夜に、家族で川の字で寝ている僕達、これは優しい気持ちになれる。
僕達の世界には様々な香りが溢れている、夏が訪れると、僕はいつも思い出す。
記憶にこびり付いている、一つしかない、僕だけの香り。
僕達が認知しきれない「何か」が、ぎゅっと詰まった一瞬に、宇宙を見付けた気がする。
両手を大きく広げて、身体中で、その不思議の正体と焦点を合わせようとしていた。
宙をじっと見つめて、五感を研ぎ澄ますと、僕の心音が聞こえた。
まるで僕を迎え入れるかのように、夜の香りが強くなった、辺りは真夜中を迎えようとしていた、
口の中で林檎飴が溶けているような、金魚すくいですくわれたのが僕のような、そんな感覚。
乱れのない寝息を聞いた時、今、僕以外の人間は全て眠っているのではないかと思う。
手の平に何かがある気がする、それは誰も知らない扉を開けるために必要な鍵、それはたった一つの本物を知るために必要な物。
指の先から身体の芯を通って足の先まで、夜の香りに満たされた時、長く時間を掛けて咲いた花のようだった。
僕の心の奥の方、心臓を通りすぎて心音が聞こえなくなる所から、香りを発する所がある。
まるでそれは人々を引き寄せ、そこで魅了し、酔わせてしまう甘い香り。
それが大人の香りなのか、僕はまだ知らない、僕もまたそこに引き寄せられてしまったに過ぎない。
眼を開くのが怖かったのだろうか、ゆっくりと瞼を開けると、静けさが僕の口を塞いでいる。
長い数秒だったのだと思う、これが夢なのか、あれが夢なのか、夢の中の夢なのか。
窓からはそよ風に乗せられて、熱帯夜を拐う、甘く涼しい風の香りが吹き込んでいた。