鍵のない図書館

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君は朝日の寝息を聞いたことはあるか。(終章)

※ 「君は朝日の寝息を聞いたことはあるか、沈黙の月(三章)」の続きになります。

 僕たちはお互いの背後からゆっくりと顔を覗かせる朝日を見ていた、海面は穏やかで、風はほとんど吹いていない。広すぎる海のどこかに、僕たち二人ぽつんと漂っている。すると僕の左手に握られた翼の欠片が、ふわっと吹かれて、彼女の心の中に吸い込まれて行った。同じくして、彼女もなにか思い出したように赤いヒトデを海に浮かべた。そのヒトデは僕の方へ泳いで来ると、差し出した僕の手の平に乗る。互いの心の欠片が戻ったのである、そして朝日に照らされた僕たちは、互いの姿が見えなくなる。陽光が眩しすぎる、僕は思わず溶けて行く彼女に手を伸ばす。

 

 ◇

 

.........リビングから彼女の泣いている声がする、僕はしばし立ち尽くす。心を夜の海が支配する、荒れた海、誰も大航海などできないだろう。僕がリビングに駆け付けると、彼女が膝を抱えて泣いている。僕は空っぽの心のまま、彼女をそっと抱きしめる。冷え切った互いの心に少しだけ、温かさが零れる。酷く懐かしいものを感じている、僕と彼女の心の中には海がある。その海は互いの心に通じ合っていて、互いの痛みと優しさと忘れ物が通じる海。

 そうして抱きしめていると、彼女は疲れていたのか眠りに落ちてしまったよう。彼女を寝かせ、そっと毛布を掛けてやると、心地良い寝息が聞こえる。心が落ち着くような、波が穏やかになるような、静かな寝息。僕も思わずうとりとしていると、朝日が控えめに差し込む。誰かの目を盗むようにして、静寂で薄暗い室内に陽光が差し込む。

彼女を見ると、薄く瞳を開けているよう。僕は彼女と同じ朝日を見る、海を通じて僕たちは波を掴む。

 

僕は心の海、波を掴む旅に出る、朝日が照らす影は二人。

 

(終わり。6月13日)