知らない言葉が重く、海の底に横たわる。
酷く古い言葉、海藻や珊瑚が張り付いている。
誰にも伝わらずに届かなかった言葉が、息を潜めている。
そのむかし、ここは欲望と快楽と探求が渦巻く街だった。
それも過去のこと、今となっては私と残された言葉たち。
わずかな月明かりが海底に差し込む、そこだけにぬくもりを感じる。
浮き上がる泡が、小さくピアノを弾きながら海面へ上がる。
海底の更にその下、地底の底に存在する巨人からの泡。
私はそれを体内に取り込んで、ようやく息が続いている。
此処は最果て、私たちが持っていた力や、求めていた欲。
そういう所謂、人間らしいものはなくなってしまった。
世界に必要なものだけが残り、不必要なものが此処に沈む。
たまに船が通る、なにを運んでいるのかは知らない。
此処からでは船体の底しか見えないけれど、かなり古い有様のよう。
その船からロープが独りでに降りてきて、置いていかれた言葉を引き揚げる。
それを何十年と繰り返しているものだから、だいぶ言葉が減ってきている。
誰かが伝えようと想い、伝わらなかった言葉を、どこかへ運んでいる。
いつか配達先を知り得たいけど、私は余り遠くへは行けない。
私のことを認知している人は、恐らくもういないでしょう。
ただ此処で、現れては時間とともに古びていく言葉たちを眺める。
その生まれ親に思いを馳せるだけ、それが私の役目。
どこか私の知らない所へ届くことを祈り、硝子の靴に手紙を隠す。
とても大事な私の靴だけれど、片方だけ海へ流すことにする。
いつか此処に来る人、此処まで来られる人、私は此処にいる。
ここで待ち続ける。