かの船はかつて世界中の海を旅していた、大いなる自由の船らしい。
ゆきたい場所へ舵を動かし、風が吹く方角に帆を張る。
陽が沈む向こう側を目指し、そして全てを知り得た。
世界の成り立ちを理解した時、言葉をなくした潜水士は海へ飛び込んだ。
そこからの行方は誰も知らない、船には彼女のぬくもりだけが残される。
大いなる自由の旗の下に集った船員達は、みなどこかへ行ってしまう。
だからこの船には僕一人、たまに白熊が手伝いに来てくれる。
旅を終えてから僕らの役目は、大海原に漂う配達物を引き揚げ、届けることだ。
高層ビルと呼ばれる建物、車と呼ばれる物が走っていた時代の遺産が多い。
あれから世界は大きく変革してしまった、子供らしい創造力だけが残される。
街といわれていた集合体は全て、海の底へ堕ちて行く。
そこからふわりと浮いてくる物を、僕らは届けるのだ。
それは本当に多岐に渡る配達物、或いは物、或いは欠片、或いは言葉。
どこに届けるのかって? それは白熊に任せている。
漂う想いの残留物は、僕ら人間には見えないんだ。
その日は硝子の靴だったかな、やけに透き通っていて海の色と陽の光をよく通す。
ハイヒールのその靴の奥に、小さな手紙がこそっと隠してある。
僕はその靴に、とあるおまじないを掛けて、白熊に託した。
やがて陽が沈み、世界は夜になる。
僕は頭上で揺れるオーロラ見て、アルコールランプ片手に世界をひっくり返す。
懐から自由の色のリトマス試験紙を取り出して、海に漬けると海の色が変わる。