鍵のない図書館

好きな食べ物はバナナのパウンドケーキ

古の砲弾

かつてこの地で、かの惑星による大戦があったらしい。

ぼくは今、火星の荒野に立ち尽くしている。赤く焦げ茶の大地には、ごろりと石が転がり、目の前には大きく城壁のような砦が構えている。その城壁を囲むように配置されている、見たこともない大きな戦車。その有様は、「グスタフ」といわれている巨大列車砲のようだ。そいつが幾つもあり、どれも破壊されている。見るもの全てが大きく、ぼくは圧倒されている。

あの城壁の向こうになにがあるのかは、誰も見たことがないらしい。いわゆる「世界の秘密がある」という人もいるけれど、ぼくはもっと単純的なものだと思う。ぼくの仲間は全員、この地に眠っている。指揮官を看取る時、一枚のメモを渡された、そこには

「いにしえのほうだん」と殴り書きで書かれていた。指揮官は敵の通信から傍受した内容だと話してくれた、その後の言葉を続ける前に息をしなくなった。そうしてぼくが、最後の一人になってしまう。

 

   ○

 

いにしえのほうだん、、、なにを示している言葉なのか見当が付かない。なにか手がかりはないかと、グスタフを調べていると、乱雑に取り付けられた無線機から音がする、耳を澄ませてみるとノイズの向こうから声がする。「...こちら.....地球。グ、ス.....はっ...」すると突然、グスタフの砲身が擦り合わせるような音を立てて動き出す。咄嗟にぼくは逃げ出すも、ドゴンっと凄まじい振動と衝撃波に吹き飛ばされてしまった。白煙とともに目を覚ますと、大地に大きな穴が開いていた。

 

   ○

 

よろめく足を押さえて穴の底を覗くと、崩れかけた階段が見える、その階段は地下へと続いているようだった。

クレーターのようにへこんだ穴は、丁度ぼくの背丈ほどの深さがある。そこへストンと下り、砂だらけの軍服を払って階段を下る。随分と年期の入った階段だ、壁にはなにか楽譜のような用紙がいたる所に貼り付けられている。明かりも届かぬ奥から、心地良い珈琲の香りとヴァイオリンの音がする。下り切るとそこは少し開けていて、中心に丸く小さなテーブルとその上にまだ温かい珈琲がある。不審に思ったぼくは、なにかあるのではないかと考え辺りを調べるも、なにもない。あっけに取られ、珈琲を一口啜ってみる、するとカップの奥になにか文字が見える。

I'll be back

どういう意味だろう、ぼくの惑星の言葉じゃないみたいだ。なぜだろう、ぼくの筆跡に似ている気がする。その瞬間、ドスンと天井から砂埃が落ちてきた。思わずテーブルに手をついて、揺れを耐える。地上でなにかが起きている、階段を駆け上がると思わぬことが飛び込んできた。

 

   〇

 

先程のグスタフが転回して、砲身が城壁側に向いている。砲身からは熱を持った白煙が上がっている、城壁に砲弾を撃ち込んだようだ。無線機から声が聞こえる「座標.....19.95...K、私は...い、てます。...た、けて」女の子の声のようにも聞こえる。ドゴンっともう一度グスタフが発射されると、城壁は音を立てて崩れ始めた。まるで雪崩のように崩れて行く壁から姿を現したのは、緑豊かな巨木とヴァイオリンの音だった。ただでさえ大きな城壁の向こうには、それを遥かに上回る巨木が構えていたのである。

 

   〇

 

ぼくはライフルを構えて歩き出す、火星に残された最後の緑を求めて。

あの麓に、命が芽生えていると信じて。

そしてすべてを知り得た時、必ずぼくはここへ戻って来る。