鍵のない図書館

好きな食べ物はバナナのパウンドケーキ

夏の人

5時の鐘が鳴ったのを聴いて空を見上げたら、赤く染まっていた。

今日は一日ずっと遊んでいた、「またね」といって帰る友達。

明日が来ることに、明日が晴れることに、なにも疑いがない。

 

家に帰ったら、土が付いた手を洗って、ご飯ができている。

「ただいま」と声が聞こえて、お父さんが帰ってくる。

家族が揃うと、晩ご飯の香りが強まった気がする。

 

TVから野球中継の音がする、麦酒を開ける聞き慣れた音。

窓からは夕暮れの匂いが、カーテンにそよいで入ってくる。

ぼくは昨日も、今日も、明日も外で遊ぶ。

 

ふいに土埃の香りがする、汗をかいたぼくから。

一日楽しかった、水筒と虫とり網を持って。

「満足」とはああいうことを言うんだろう、きっと。

 

ぼくは今も想い出す、夏の寝苦しい夜のことを。

家族で寝て、ぼくだけ入道雲に起こされる。

目が覚めると、みんなよく眠っていたっけ。

 

窓から月明かりが差し込んでいて、夜風が静かに踊っている。

扇風機が小さく回っている、重く機械的な音だけが、そこにある。

そのひとときだけ、長い時間の中で、そのひとときだけが。

 

すべてが計算機のように、幻のように、とてもほろ苦くて甘かった。