鍵のない図書館

好きな食べ物はバナナのパウンドケーキ

オーロラを見ていた乗組員

かの船はかつて世界中の海を旅していた、大いなる自由の船らしい。

ゆきたい場所へ舵を動かし、風が吹く方角に帆を張る。

陽が沈む向こう側を目指し、そして全てを知り得た。

 

世界の成り立ちを理解した時、言葉をなくした潜水士は海へ飛び込んだ。

そこからの行方は誰も知らない、船には彼女のぬくもりだけが残される。

大いなる自由の旗の下に集った船員達は、みなどこかへ行ってしまう。

 

だからこの船には僕一人、たまに白熊が手伝いに来てくれる。

旅を終えてから僕らの役目は、大海原に漂う配達物を引き揚げ、届けることだ。

高層ビルと呼ばれる建物、車と呼ばれる物が走っていた時代の遺産が多い。

 

あれから世界は大きく変革してしまった、子供らしい創造力だけが残される。

街といわれていた集合体は全て、海の底へ堕ちて行く。

そこからふわりと浮いてくる物を、僕らは届けるのだ。

 

それは本当に多岐に渡る配達物、或いは物、或いは欠片、或いは言葉。

どこに届けるのかって? それは白熊に任せている。

漂う想いの残留物は、僕ら人間には見えないんだ。

 

その日は硝子の靴だったかな、やけに透き通っていて海の色と陽の光をよく通す。

ハイヒールのその靴の奥に、小さな手紙がこそっと隠してある。

僕はその靴に、とあるおまじないを掛けて、白熊に託した。

 

やがて陽が沈み、世界は夜になる。

僕は頭上で揺れるオーロラ見て、アルコールランプ片手に世界をひっくり返す。

懐から自由の色のリトマス試験紙を取り出して、海に漬けると海の色が変わる。

 

 

 

 

想像の魔法

 

知らない言葉が重く、海の底に横たわる。

酷く古い言葉、海藻や珊瑚が張り付いている。

誰にも伝わらずに届かなかった言葉が、息を潜めている。

 

そのむかし、ここは欲望と快楽と探求が渦巻く街だった。

それも過去のこと、今となっては私と残された言葉たち。

わずかな月明かりが海底に差し込む、そこだけにぬくもりを感じる。

 

浮き上がる泡が、小さくピアノを弾きながら海面へ上がる。

海底の更にその下、地底の底に存在する巨人からの泡。

私はそれを体内に取り込んで、ようやく息が続いている。

 

此処は最果て、私たちが持っていた力や、求めていた欲。

そういう所謂、人間らしいものはなくなってしまった。

世界に必要なものだけが残り、不必要なものが此処に沈む。

 

たまに船が通る、なにを運んでいるのかは知らない。

此処からでは船体の底しか見えないけれど、かなり古い有様のよう。

その船からロープが独りでに降りてきて、置いていかれた言葉を引き揚げる。

 

それを何十年と繰り返しているものだから、だいぶ言葉が減ってきている。

誰かが伝えようと想い、伝わらなかった言葉を、どこかへ運んでいる。

いつか配達先を知り得たいけど、私は余り遠くへは行けない。

 

私のことを認知している人は、恐らくもういないでしょう。

ただ此処で、現れては時間とともに古びていく言葉たちを眺める。

その生まれ親に思いを馳せるだけ、それが私の役目。

 

どこか私の知らない所へ届くことを祈り、硝子の靴に手紙を隠す。

とても大事な私の靴だけれど、片方だけ海へ流すことにする。

いつか此処に来る人、此処まで来られる人、私は此処にいる。

 

ここで待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

子供の惑星

 

流れ着いた小さな島、椰子の木がぽつんと塩風にそよいでいる。

砂浜は陶器のように白く、そしてどこか温かい色を持つ。

辺りは海に囲まれていて、それ以外はなにもない、あってはならない。

 

私が目を覚ました時、まず海の香りが鼻に付いた。

ずぶ濡れの体を起こすと、空は夏のように青く、海はどこまでも続いている。

ここに私一人、立ち尽くす。世間や社会から離れて、私はどこへ来たのだろうか。

 

そよ風が体を包む、揺れる椰子の葉。

陽射しを見上げると、陽光を透過する私の体。

雲一つ持たない空に漂う、誰かの願いが灯る鳥。

 

黄金のラムネを売る、無人の屋台。

冷えたラムネを手に取り、火照った体を潤す炭酸。

汗が頬を伝わる、ラムネの中に沈没する硝子玉、そこに映る私の赤い瞳。

 

大きな砂時計から静寂の底に砂が落ちる、この島はそうして大きくなる。

遠くの海から鯨のうなり声が聞こえる、彼等は外の世界を食してきた。

私の姿は誰にも見えない、あとどれくらいだろうと砂時計を見る。

 

幽霊船が海に浮かぶ、乗組員はいないけど、白く大きな帆が張られる。

航海士が見ていた地図、すべてを知り得た船長と、ある一人の乗組員。

大人たちが作り上げた世界はすべて海へ沈み、残された子供の世界。

 

そこに存在するものこそが、すべて本当の形をしている。

嘘、偽りのないありのままの形で、実体が存在している。

浜辺に流れ着く硝子の靴、その中にあるのは濡れない手紙。

 

知らない誰かが書いた手紙、「私は此処にいる」

手紙の向こうにいる人は、繋がりを持ち得ない私に、自己の存在を示してきた。

だから私も私の存在をこの世界に示す、世界に足跡を残しに幽霊船へ泳ぐ。

 

そこに広げられている地図は、手紙の送り主を示している。

 

波を掴む

 

見えないもの、捉えられないもの、手から零れ落ちるもの。

実体がないもの、感覚が乏しいもの、波のように揺れるもの。

掴んで、零して、また掴む。

 

君はどう掴む、握り締めるのか、抱きしめるのか。

確実に掴んだと手を握り締めた時、それは嘘かも知れない。

手を開いた時、そこにはなにもなく、揺れる波のようなものがある。

 

手の平を高く空へ突き上げると、青が零れてくる。

可能性と不確実の色、それが青、蒼。

知らない「なにか」がそこにある。

 

ゆらりと揺れる波、世間の熱気、伸びた君の影。

言葉だけが波の中を漂い、そして届く。

私たちを繋ぎ留めるのは言葉。

 

君の影に隠れて問い掛ける、ここは何処と。

流れ着いた小さな島には、カメがいる。

陽が地平線へ沈むのを共に見て、空を見上げて考える。

 

答えがないのなら、また世界に問い掛ける。

心を絞って、また絞る、零れ落ちる青。

そこでようやく自分を許す。

古の砲弾

かつてこの地で、かの惑星による大戦があったらしい。

ぼくは今、火星の荒野に立ち尽くしている。赤く焦げ茶の大地には、ごろりと石が転がり、目の前には大きく城壁のような砦が構えている。その城壁を囲むように配置されている、見たこともない大きな戦車。その有様は、「グスタフ」といわれている巨大列車砲のようだ。そいつが幾つもあり、どれも破壊されている。見るもの全てが大きく、ぼくは圧倒されている。

あの城壁の向こうになにがあるのかは、誰も見たことがないらしい。いわゆる「世界の秘密がある」という人もいるけれど、ぼくはもっと単純的なものだと思う。ぼくの仲間は全員、この地に眠っている。指揮官を看取る時、一枚のメモを渡された、そこには

「いにしえのほうだん」と殴り書きで書かれていた。指揮官は敵の通信から傍受した内容だと話してくれた、その後の言葉を続ける前に息をしなくなった。そうしてぼくが、最後の一人になってしまう。

 

   ○

 

いにしえのほうだん、、、なにを示している言葉なのか見当が付かない。なにか手がかりはないかと、グスタフを調べていると、乱雑に取り付けられた無線機から音がする、耳を澄ませてみるとノイズの向こうから声がする。「...こちら.....地球。グ、ス.....はっ...」すると突然、グスタフの砲身が擦り合わせるような音を立てて動き出す。咄嗟にぼくは逃げ出すも、ドゴンっと凄まじい振動と衝撃波に吹き飛ばされてしまった。白煙とともに目を覚ますと、大地に大きな穴が開いていた。

 

   ○

 

よろめく足を押さえて穴の底を覗くと、崩れかけた階段が見える、その階段は地下へと続いているようだった。

クレーターのようにへこんだ穴は、丁度ぼくの背丈ほどの深さがある。そこへストンと下り、砂だらけの軍服を払って階段を下る。随分と年期の入った階段だ、壁にはなにか楽譜のような用紙がいたる所に貼り付けられている。明かりも届かぬ奥から、心地良い珈琲の香りとヴァイオリンの音がする。下り切るとそこは少し開けていて、中心に丸く小さなテーブルとその上にまだ温かい珈琲がある。不審に思ったぼくは、なにかあるのではないかと考え辺りを調べるも、なにもない。あっけに取られ、珈琲を一口啜ってみる、するとカップの奥になにか文字が見える。

I'll be back

どういう意味だろう、ぼくの惑星の言葉じゃないみたいだ。なぜだろう、ぼくの筆跡に似ている気がする。その瞬間、ドスンと天井から砂埃が落ちてきた。思わずテーブルに手をついて、揺れを耐える。地上でなにかが起きている、階段を駆け上がると思わぬことが飛び込んできた。

 

   〇

 

先程のグスタフが転回して、砲身が城壁側に向いている。砲身からは熱を持った白煙が上がっている、城壁に砲弾を撃ち込んだようだ。無線機から声が聞こえる「座標.....19.95...K、私は...い、てます。...た、けて」女の子の声のようにも聞こえる。ドゴンっともう一度グスタフが発射されると、城壁は音を立てて崩れ始めた。まるで雪崩のように崩れて行く壁から姿を現したのは、緑豊かな巨木とヴァイオリンの音だった。ただでさえ大きな城壁の向こうには、それを遥かに上回る巨木が構えていたのである。

 

   〇

 

ぼくはライフルを構えて歩き出す、火星に残された最後の緑を求めて。

あの麓に、命が芽生えていると信じて。

そしてすべてを知り得た時、必ずぼくはここへ戻って来る。

 

 

読者登録100人を迎えて

私事ではありますものの、この度、読者登録が「100人」を迎えました。

いつも立ち寄っていただいている、どこの誰かも分からぬ皆様、ありがとうございます。

なんのまとまりもない文章に目を通していただいて、嬉しいです。

 

私も訪れられた方のBlogには、できるだけ訪問させてもらいますので、今後ともよろしくお願いします。

 

 

潜水士が乗る船

塞き止める、僕は今、水の中にいる。

ちっとも苦しくはない、そこで水が外へ溢れ出すのを防いでいる。

ここは教室、いわゆる高校生、先生...先生...先生。

 

沈んだ教室に小魚の群れが来る、地震のように揺れる。

そこに大きなシャチが来る、あるすべてを平らげに来たようだ。

僕たちはまだ何者でもない、優秀、平均、劣等、なにかを待っている十代。

 

それは大人になろうと変わることのない、つまらなそうにガムを噛む。

シャチの餌になる、そこで生まれ変わる。

ぷくっと空気を零しながら沈む少女、瞳は外を見る。

 

そうして少女はシャチの胃袋へ落ちて行く、先生は黒板に板書する。

何者でもない僕は潜水士になる、Diverになる。

少女を食べたシャチを求めて。

 

 

私は先生だけれども、黒板は常に沈黙を守る。

時としてそれは、教鞭を垂れることよりも世界を語る。

私は道徳を教える仏ではなくて、空を飛ぶ者、まるで紙飛行機。

 

その教室は水中の中に沈んでいた、そこで世界を学ぶ二人。

そこに半透明の爆撃機が飛んでくる、ひゅぅと落とされたのは黄金の卵。

すべての出来事はここから始まる、少年と少女は卵を見付けてしまう。

 

淡い光を発する卵を見付けた時、二人は十代を卒業する。

 

20th Century Boy

夕暮れを顔に滲ませながら、疲れた顔で帰る人々。

少しホッとしただろう、一日が何事もなく過ぎて。

夜ご飯はなににしようか、インスタントでもいい。

 

急ぎ足で歩く人、肩を落としながら歩く人、怒りながら歩く人。

僕らはよくやっているはずだ、我慢は続かないだろう。

ハーモニカの音が聴こえたら、もう帰ろう。

 

ひんやりとした風が、汗を溶かして行く。

今日はコンビニに寄って、たまには買いたい物を買うといい。

するとどうだ、僕らと似たり寄ったりが、同じ土俵に立っているだろう。

 

喫煙所で肩をすぼめて吸う紙煙草、弱い煙が夕暮れと繋がる。

空に駆け上がる梯子、鏡のように映し出すのはよれたスーツ。

なんとなく、こうじゃないという気持ちが心に染みる。

 

自転車を漕ぎながら、焼き魚の香りがする方へ帰る子供。

赤と黄を、絵の具パレットの中でかき混ぜたような空。

その空の中に、僕らはいる。

 

待ち合わせの時刻に遅れてきた恋人を見て、ホッとするような。

寒い冬の夜、温かい缶珈琲を自販機で握り締めるような。

僕らの心がどこか遠くへ泳いで行く。

 

そして今日も家路に付く、明日が来ることを感じながら。

 

足跡にため息を残しながら

 

僕らは一日をやりすごす。

 

 

 

 

 

月面着陸にはタイムマシンを携えて

星空の歩き方を知っているか、手鏡を持ってくるといい。

それを目元に当てると、君の眼下に広がる宇宙。

あっという間に大気圏を越えて来た、君は今、無重力

 

ごちゃりとした社会を抜け出して、地球を越えて、空を飛び越えた。

そして君は今、宇宙を歩きにかかる。

上と下が逆になる、世界は変わる。

 

私たちが普段見上げているあの星々の輝きは、なにやらすべて過去のものらしい。

そこにタイムマシンが存在している。

私たちは何億光年と離れた所から、想いを届ける配達員。

 

届け方は人それぞれ、願うこともタイムマシンで届けることもできる。

行きたい星を見付けることができたのなら、そこにすぅーっと吸われる。

過去を飛び越えて、時間と空間を混ぜると宇宙ができあがる。

 

一番目に探検する惑星は月にしよう、そこに隠された秘密の重力。

私たちを現実へと引き戻す重力、白煙を吹き鳴らしながら着陸するアポロ21号。

そうしてまた焦がれる、星を見て弾き鳴らす路上のギタリスト。

 

僕らは焦がれている。

 

※ 後書き

宇宙っていいなぁ。